歴史ある街川越で半世紀、地域密着でやってきた私たち矢川原は山田地域を中心に、樹のぬくもりを感じ、そして末永く家族と共に歩んでいける、自分たちの夢やこだわりを叶える家をどうしたらカタチにできるかわからないと悩んでいる人たちのために、とことん親身になって相談にのり、“それぞれの想い”を重ねながら、時を経るごとに味わいを深める、裸足になってほっとするぬくもりある樹の住まいと、人生を楽しむ暮らしを提供することに生きがいを感じている工務店です。
瓦は1400年の歴史がある屋根材。悪ければこんなに長く使われるはずはありません。
最近は軽い屋根が流行ですが、「軽い屋根より丈夫な家造り」ではないでしょうか。
【担当工事】 屋根瓦工事
【名前】 新井瓦店
新井 庄作(あらい しょうさく)
【ニックネーム】 屋根屋の庄ちゃん 略してやね庄
【生年月日】 1957年1月3日
【星座】 やぎ座
【血液型】 A型
【出身】 埼玉県川越市元町(菓子屋横丁近く)
【資格・特技】 少林寺拳法
【趣味・休日の過ごし方】
バイク・トレッキング・ゴルフ(オフィシャルハンデ11)
新旧バイクの乗り比べツーリング。家づくりもそうですが温故知新が好きな言葉です。
新築や増築、改修工事で屋根の瓦を葺く仕事です。
高所で仕事をするので、大変危険な仕事ではありますね。
私の地元の八幡神社の社務所の新築工事の現場で知り合いました。
それから、屋根工事の仕事をいただくようになりましたね。
地元に根づいた工務店であり、在来工法による手造り感の強い住宅造り。
そして、大工さんの人柄等がいいところです。
仕上げの美しさと漏水をさせないところ。
切妻屋根ならケラバの取り付け部分。
寄棟なら棟が真っ直ぐに納めてあるか。
※インタビュアー:渡部 香(以下:渡)
新:親父が瓦屋に勤めてたのがきっかけ。でも奉公先は違うところだったから、親父とは仕事してなくて。
渡:それで、その後独立したんですか。
新:あの当時って、勉強するかしないかで。しないなら手に職。私はどうみても昔から動くの好きで、運動は大得意だったから。たまたますぐ近くに親戚筋の親方がいたので、そこで修行しろと。でもその間に親父が倒れちゃったから全く一緒に仕事できなかった。それが一番残念なところですね。
渡:そうですよね、本来なら修行して戻って、一緒にやりたいですよね。
新:そこが最初の挫折、気持ちが折れたところですよね。もう親父と仕事できないなら、仕事は他にないわけじゃないし、瓦屋やる意味がなくなっちゃって。でも途中で辞めたらまた一からだからね。その頃は、ある程度仕事もできてたから、これは続けていくしかない。やるからにはやっぱり独立しなきゃ、野心がなきゃ仕方ないでしょ。結婚したのをきっかけに独立しました。27歳ぐらい。
渡:27歳ですか、若い。昔ってそんなに若いころに独立しちゃうんですね。新井さんの奥さまといったら、奥様八幡神社さんの娘さんですよね。
新:そう、恰好もあるじゃないですか、結婚するにあたって「いつまで使われてるんだー」って。かみさんの親父は言わないけど。「やるなら独立しろ、親方になれよ」っていうのがうちの親父の口癖だったから。やるしかないなと。
渡:そうですね。
新:今の時代は共稼ぎでやればいいというけど、あの当時は、男は「食わしていけるのか」って一言言われるから。子供ができて守りに入る前に独立しちゃえと思って。職人に安定なんてないからね。
渡:タイミングだったんですね。
新:27歳の3月に結婚して、8月ごろには独立して。親方には結婚をきっかけに辞めさせてもらって。その頃親父はもう入院していたけど、今の内ならいいだろうって。あの当時はバブルだから景気がよかったしね。やっぱり使われているよりは独立したいと思ったね。周りも独立しちゃえよ早く、仕事回すからって。いくらでも仕事ありましたよ。だからあまり仕事を取る苦労ってしてないんですよ。その当時は。今でこそ大変だけど。
渡:その頃は景気がいい時代でしたから。
新:でもね、結局世の中って、起承転結ってわけじゃないけど、いろいろあるじゃないじゃないですか。景気良くて独立したんだけど、だからこそうちらの世界って、契約書もなにも交わさないんで、その当時まだ27.28だった頃、取引先の倒産なんかもあって・・・、まあいろいろありましたよ。だからかみさんには相当苦労かけましたよね。
渡:奥さんも理解があるから。
新:もう、こいつにくっついて行ったんだからしょうがないわ、みたいな(笑)
渡:屋根さんをしていて仕事に対するこだわりとかポリシーはありますか?
新:屋根はお客さんから見えない部分だからね、ごまかせることもあるかもしれないけど、それは違うよね。
渡:塗装屋さんも同じことを言ってましたね。
新:そこはその職人の人間性じゃないのかな。
渡:そうですね。頼んだ側としては確かに見えないからこそ、お願いした方を信頼するしかないので。
新:後は今一番考え、努力しているのは、災害に強い屋根造りをすることにこだわって仕事してるね。何十年に一度の災害が、毎年来るようになっているでしょ。仕方ないではお客様はすまないからね。
渡:なんか施工法を工夫したりとういことで、変わってくるということですか?
新:変わってきつつありますね。上もそうだけど、我々個人の努力しだいなんで。
渡:そうですよね、情報を得たからって実際に実行するとは限らないですもんね。その情報をどれだけ生かしていけるかということですよね。
新:瓦業界は正直言って、今は追い風じゃないよね。屋根のプランニングの時に、瓦は重いし怖いよね、って思うお客さんも多いんじゃないかと。
渡:確かに、地震とかそういう観点で見ると、屋根部分が重いのは怖いとは聞きますけど、でも耐久性等全然違いますよね。
新:ランニングコストとかで考えれば瓦のがいいんだけど、お客さんは瓦重いからダメなんじゃないか、っていうのがあるんじゃないかと。だけど一点集中で重いわけではないからね。よくいうけど、軽い屋根より丈夫な家でしょ。だからそこをお客様にもわかってもらいたいね。瓦を乗せるためには、骨組みもそうだし、瓦が乗るだけの構造体で、矢川原さんとこみたいに。よく瓦以外の軽い屋根材を使ってる家のお客さんが瓦にしたいんだっていうけど、プランニングはできません、っていうしかないよね。軽いものを乗せてる屋根の家に対して、重いものをのせたら大変でしょ。最初から瓦を乗せてる家は、瓦を乗せるための構造でやってあるはずなんだから。
渡:建売なんかは、コロニアルが多いですよね。
新:地盤の関係とかいろいろあるから。瓦からコロニアルはできるけど、逆はできないですよね。
吉:できないですね。構造計算かけたら一発でアウトでしょうね。
渡:そういうのお客さまあまり気にされてないかもしれないですね。
新:でも、それは言ってあげないとダメです。
渡:瓦を頭ごなしに重いからというんじゃなくて、元からそういう家造りをすればいい、ってことですね。
新:丈夫な家を造れば、大した重さじゃないですよ。
吉:昔みたいに構造も筋違等が足りないような家で上が重たい場合は危ない、ってそういうことですよね。
渡:仕事の面白味とか、やりがいはどんなことですか?
新:瓦屋の良い所は、家の中に入らなくても見れるじゃないですか。何年経ってもその家が存在する限り「あの家俺がやったんだな」って外から見てわかる。それが一番の魅力。
渡:それはうちの会社と同じですね。
新:それが一番のやりがいですね。忘れないじゃないですか。形に残るものっていうのは。職人みんなそうじゃないですかね。
渡:プライベートの趣味とかお休みの時の過ごし方もお聞きしたいのですが。
渡:トレッキングはどこ行かれるんですか。
新:奥多摩・奥秩父なんかですね。高いところ登るのが目標ではなくて、…足腰衰えちゃったら仕事にならないので。梯子の登り降りは毎日やっているけど同じ筋肉しか使わないでしょ。だから、足腰鍛えるため。元々山歩きもしたかったので。
渡:楽しみながら体も鍛えて。じゃあ、バイクで出かけて行って、トレッキングして。ご家族で行ったりされるんですか。
新:バイクはせがれも乗ってます、昔はかみさんも。
渡:奥さんも乗るんですか。すごい、似合いそうです。
新:知り合ったのがバイクの関係で。クラブ作ってたんですよ。モトクロスとかに乗って。月1回みんなで集まる飲み会に友達が連れてきた内の1人がかみさんで。
渡:バイク仲間だったんですね。
新:そうです。その時はまだバイク乗ってなかったので、次の日すぐ後ろにのせてツーリングに行って。
渡:早い。すごい行動力!
新:そしたら、結婚するちょっと前ぐらいになって、私も免許取る!後ろばかり乗ってるんじゃつまらない、って。それで北海道行きました。ツーリングで北海道1周。3月に行かずに夏まで我慢して。新婚旅行で10日間ぐらい。
渡:北海道どの辺を回られたんですか。
新:主に道央から道南かな。あの当時は仙台まで自走して行ってフェリーで。苫小牧に行きたかったから、仙台から苫小牧。昔の吉田拓郎の歌にあったんですよ、16時間。かみさんがまだツリーリング慣れしてなかったから道南にしたんですよ。道南・道央の方が見るとこ一杯あるからね。
渡:これからの人生の目標、やりたいこと。
新:目標・やりがいは、うちは後継者がいないけど、弟子は2人共独立してやってるんで。仕事の後継者はいいかなーと。トレッキンングも始めて足腰鍛えてるから、70ぐらいまでは仕事できるかなと思ってて。これからはとにかく災害に強い屋根作りが目標だね。
渡:どんどんどんどん毎年おかしくなってますからね。
新:うちらの業界には、日本全国のガイドラインっていって、全国の風速が出ていて、この辺はこういう地域って記載されてる地図があるんですよ。で、この辺一番弱いの。だいたい風速今まで32Mぐらい。海もないから特に埼玉は弱いんですよ。埼玉よりは東京・千葉・神奈川のが少し強いんだけど、ところがこの間の千葉の風は50M吹いてるんですよ。
渡:年末鴨川に行ったんですけど、屋根にブルーシートかかってる家だらけで。
新:40m吹くことがなかった地域に今50mの風が吹くんですよ。50mっていうともう沖縄の方の海岸ぺりの家の風の強さなんで。
吉:あの漆喰で塗り固めてる。赤瓦の屋根ですね。
新:それをここでやるようなのかなと思って。まぁ瞬間最大風速が50mなんで、そのまま吹き続けるわけではないですけど。40~45mっていうのは、常に来るかもしれないですよ。台風が来る度に。だいたい立っていられないですから。だから台風が来たとしてもうちの屋根は大丈夫だったとういのが理想ですよね。
渡:理想です。新井さんにうちもお任せしてるので。新井さんに頑張って頂くしかない。
新:だからそうなるにはどういう家を、屋根を作ったらいいかを研究しているとうか。勉強しているつもりなんで。実際に来てみなきゃわからないけど。組合の方で風土実験とかも今までもしてきてるけど、震度7耐えられる家とかやってるけど、自然ってわからないじゃない。動きもつかめないし。現に去年の台風19号は台風にしては珍しく北風だったじゃないですか。それも考えられないことですよね。台風っていうとだいたい南か南東の風だったわけですよ。
渡:そういう予想外のことに、対策を考えていかなきゃならないってことですよね。
新:だからあーしておけばよかった、っていうような仕事じゃしょうがないじゃない。今できる全力でやらないと。
渡:うちの社長や矢川原に対して、どう思われますか?
新:一番見てて思うのは、うまく代替わりができたかなと。最初はちょっと早いんじゃないかなと思ったんですよ。今から考えればどうせやるなら早い方がいいです。社長ができなくなってから代わるんじゃ大変じゃないですか。
渡:まだ会長としているから、結局何かあれば確認することもできますからね。
新:一番理想ですよね。やっぱり相談役で残ってくれてるのが。いろんなお得意さん見てて、代替わりして失敗したところも随分見てるからね。おやじさんが使ってた下職が付いてこないというのもあるしね。
渡:みんな小さいころからお世話になってる方ばかりなんで、社長の方も多分気を使ってしまう部分もあるんだと思いますけど。
新:いくと会長の時代からの付き合いだからって言ってくれているんで、うまく引き継ぎができたのかな、と思います。
渡:みなさんの協力のおかげで、頑張ってますけど。
新:短所はないんじゃないんですかね。見ててここをこうした方がいいとか。でも、職人の気持ちもよく分かってくれてるし。いいんじゃないですかね。
・・・後は大工さん年取ってきてるんで、もう一人ぐらい若い子がいないとね。
渡:今の子はなかなか続かないという話をよく聞くので。
新:でも亮央くんはよく続いているじゃないですか。もう大丈夫じゃないですか。
渡:今時の子で。素直で言われたことはしっかりやるんですけど、上に立って親方としてやる感じが弱い
新:欲がないんだろう。要するに。
渡:言われたことをしっかりこなせば、って感覚で。自分からこう動いてとかのし上がって行こうって気持はなくて。
新:私も親方に手取り足取り教えてもらった記憶はないですもんね。すべてうちらの時代、職人て見て盗むだから。
渡:それでもね、やりたいって入って頑張ってるから、そういう若い子がもう一人ぐらい大工さんでほしいですよね。
新:ライバルがほしいですね。
渡:そうなんですよね、一人じゃダメですよね。切磋琢磨して頑張っていかなきゃ、って思ってくれないと困りますね。
新:自分なんかの時代って、瓦屋に限らず、結構若い人がいっぱいいたから。左官屋しても頭にしても、だから兄弟子・弟弟子・兄弟弟子って。だから弟弟子とかが何かしちゃって親方に言われて落ちこんでると、帰り飲みにいかなきゃなって。
渡:そういうの必要ですよね。最近の子飲みに行くのも面倒くさい、って。ニュースでもやってますけど、そういう付き合いを重要視してないって。結構そういうのって大事じゃないですか。
新:先輩とか親方とかそういう関係で誘われて断ることはまずなかったですよね。
渡:私も基本的にないんですけど、そういうものだと思って生きてきたし、学ぶこといっぱいあるじゃないですか。
新:行けば絶対勉強になるから。現場じゃ話さないことも話してくれるし。
渡:飲むとね、余計に。ですよねー。そういうのがなかなか難しいですかね、今は。
新:それで通っちゃう時代になっちゃったからね。昔は先輩の誘い断るのかよ、って昔はそうだったけど。今それが普通になっちゃったから。
吉:強要する方が非難されますからね。
新:一人じゃ生きられないですからね。
渡:そこがわかってないんですね。なかなか伝わらないですね。これからの若い子を入れて行くのは課題ですね。
(2020年3月号掲載)